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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2872号 判決 1975年12月25日

控訴人 張田圭一

右訴訟代理人弁護士 横山昭

同 井出隆雄

同 小名雄一郎

被控訴人 島田弥一

右訴訟代理人弁護士 鹿島恒雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

一、被控訴人の請求原因

1.別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は被控訴人の所有であるが、控訴人のため、本件土地につき東京法務局福生出張所昭和四四年一二月一八日受付第一四、九九一号で同年一一月二七日付代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記(以下本件仮登記という)がなされている。

2.しかし、被控訴人は控訴人との間で本件仮登記の原因となる契約をしたこともないし、本件仮登記申請もしていない。

3.よって、被控訴人は控訴人に対し、本件土地の実体権と登記との齟齬に基づき、本件仮登記の抹消登記手続を求める。

二、控訴人の答弁、抗弁

1.被控訴人の請求原因1の事実は認める。

2.控訴人は昭和四四年一一月二七日陽光地所株式会社(以下陽光地所という)の代表者であり被控訴人の代理人をも兼ねた石井初雄(以下石井という)との間で、陽光地所が控訴人に対して負担する土地売買代金及貸金債務合計金二、八三〇万円、控訴人が被控訴人の羽村町農業協同組合(以下羽村農協という)に対する債務の履行を引受けて支払うべき金六〇〇万円、合計金三、四三〇万円につき弁済期を昭和四五年三月三一日としこれを担保するため被控訴人が本件土地に抵当権を設定するとともに、弁済期に弁済しないときは本件土地所有権をもって代物弁済する旨契約し、これを原因として所有権移転の本件仮登記をしたものである(以下この契約を本件仮登記担保権の設定という)。

三、控訴人の抗弁に対する被控訴人の仮定再抗弁

石井が控訴人と本件仮登記担保権の設定をしたとしても、被控訴人は石井に対し本件仮登記担保権の設定行為につき被控訴人を代理する権限を授与しておらず、石井のした本件仮登記担保権設定は、無権代理行為で無効である。

四、被控訴人の仮定再抗弁に対する控訴人の再々答弁、仮定再々抗弁

1.被控訴人主張三の事実は争う。

2.仮りに石井が被控訴人の代理権に基づかないで本件仮登記担保権の設定行為をしたとしても、

(一)被控訴人は石井に対し、そのころ本件土地の所有権移転登記済証、印鑑証明書、本件土地の時価鑑定書のほか、被控訴人作成名義の担保差入書、根抵当権設定契約書、白紙委任状を交付して、本件仮登記担保権の設定に関し被控訴人の代理権を授与したような外観のある表示行為をし、石井はこれらを控訴人に示し被控訴人の代理人であると述べて本件仮登記担保権の設定をしたので、控訴人は石井にその代理権があると信じたものであり、そのように信ずるにつき正当な事由があったから、民法一〇九条により、被控訴人は控訴人に対し、本人として、本件仮登記担保権の設定につきその責を負うものである。

(二)右(一)が理由がないとしても、被控訴人はそのころ石井に対し、被控訴人の不動産の管理等について包括的にその代理権(基本代理権)を授与していたところ、石井は右基本代理権の範囲を越えて、本件仮登記担保権の設定をしたものであり、前記(一)と同様の事情で控訴人は石井に右行為をするにつき被控訴人の代理権を有するものと信じ、そのように信ずるにつき正当な事由が存在したから、民法一一〇条に基づき、被控訴人は控訴人に対し、本人として、本件仮登記担保権の設定につきその責を負うものである。

五、控訴人の仮定再々抗弁に対する被控訴人の再々々答弁

控訴人主張四2(一)、(二)の各事実を争う。被控訴人は石井または陽光地所に対し所有不動産の管理を委任したことはなく、また、直接何ら事業上の関係もないから、控訴人主張のような巨額の債務につき仮登記担保権を設定するのは通常考えられないので、控訴人としては十分にその事情を調査して契約すべきであったのにこれをしなかったのであるから、控訴人が石井に本件仮登記担保権の設定の代理権があると信じたことにつき正当な事由は存在しない。

証拠<省略>

理由

一、被控訴人主張の請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二、本件仮登記担保権の設定について

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

被控訴人は昭和四三年六月二一日羽村農協との間に、元本極度額を金六〇〇万円とする根抵当権設定契約をして同年同月二二日付でその設定登記を了し、昭和四四年一一月当時の右被担保債権額は金六〇〇万円に達していた。陽光地所の代表者石井初雄は、被控訴人の代理人をも兼ねるものとして、昭和四四年一一月二七日控訴人との間で、控訴人が被控訴人の前記羽村農協に対する金六〇〇万円の債務の履行を引受けて支払うこととし、支払った場合の求償債務及び陽光地所が当時控訴人に対し負担していた金二、八三〇万円の貸金等債務合計三、四三〇万円について、被控訴人が担保を提供する趣旨で、被控訴人が控訴人に対し、右金三、四三〇万円を元本とし、これを弁済期の昭和四五年三月三一日までに支払わなかった場合、本件不動産で代物弁済する旨の停止条件付代物弁済契約をし、これを原因として前記本件仮登記を了した。

以上のとおり認定することができ、右認定に反する当審証人石井初雄の証言の一部は乙第一号証と対比するとにわかに信用し難く他に右認定を左右する証拠はない。右認定事実によると、石井が右行為につき真実被控訴人の代理権を有していたかどうかの点はしばらくおき、その代理人として昭和四四年一一月二七日控訴人との間で右認定のような本件仮登記担保権の設定をしたものということができる。

三、石井の代理権の有無について

控訴人は、石井に右の代理権があったと主張するのに対し、被控訴人は、これを争い、石井が被控訴人から本件仮登記担保権の設定行為につき被控訴人を代理すべき権限を授与されておらず、右行為は無権代理行為で無効である旨主張する。この点につき控訴人の右主張にそう如き当審における控訴人本人尋問の結果は後記認定の事情に照して採用することができず、その他にこれを認めるべき的確な証拠はない。かえって、前顕甲第三号証、乙第七号証、当審証人石井初雄、同島田ミヨの各証言、被控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(1)被控訴人は昭和四四年一〇月ころかねて陽光地所から買受けて所有していた栃木県の塩原町所在の山林(この山林は、前記二認定の羽村農協よりの借金で買受けたものである。)を第三者に売却し、その代金で羽村農協に前記借金を弁済して本件土地についての農協の前記担保権設定の登記(根抵当権設定登記、所有権移転仮登記)を抹消することを希望し、右山林売却の斡旋を陽光地所に委任した。右陽光地所の社員葛西某はそのころ被控訴人妻ミヨに対し塩原の山林の買主を信用させるために必要であると称して記載事項の全くない白紙に被控訴人の氏名を代署、押印させた用紙(乙第二号証)と被控訴人名義の印鑑証明書(乙第一〇号証の四)を交付させたが、葛西はその際ミヨに対し、なお押印すべき必要書類があると述べてミヨから被控訴人の印顆を受取り、ミヨが茶菓の準備のため座を立った隙に、ミヨに書類を見せずにこれを冒用して朝銀栃木信用組合に対する抵当権設定契約書(乙第四号証)、その登記用委任状(乙第五号証)のほか白紙委任状(乙第一〇号証の三)等の各該当欄に被控訴人の印顆を押捺し、戻って来たミヨに印顆を返した。葛西はそのころ右乙第二号証の白紙欄に、右ミヨが交付した趣旨とは異なり、本件土地につき根抵当権設定を承諾する文言を書き込み担保差入書と題する書面(各文字はタイプで打った)を完成し、右乙第四、第五号証第一〇号証の三の被控訴人署名欄には自らまたは他の者をして乙第二号証に酷似した字体で署名しまたは署名させて被控訴人名義の各書面を偽造した。

(2)陽光地所代表者でもある石井は葛西から前記各書類の交付を受け、これらの書類を控訴人に示して、石井が被控訴人の代理人として控訴人との間で本件仮登記担保権の設定をし、その後前記被控訴人の印鑑証明書及び白紙委任状を使用して本件仮登記を了した。しかし抵当権設定登記には被控訴人の登記済証を必要とするところ、その交付を得られなかったためその登記はできなかった。

以上のとおり認定することができ、これを左右する証拠はない。右事実によると、石井は前記二の本件仮登記担保権の設定契約をするにつき被控訴人からその代理権を授与されていなかったものであり、右契約は石井のした無権代理行為といわなければならない。

四、表見代理行為について

1.一〇九条の表見代理

控訴人は、被控訴人が石井に対し昭和四四年一〇月ころ本件土地の登記済証、被控訴人の印鑑証明書、白紙委任状のほか被控訴人作成名義の担保差入書、根抵当権設定契約書、本件土地の時価の鑑定書を交付して、本件仮登記担保権の設定行為につき代理権を授与した外観のある表示行為をした旨主張する。しかし、被控訴人が石井に対し、本件仮登記担保権設定の趣旨で関係書類を交付したことを認められる証拠がないばかりか、その交付の趣旨は前記三(1)認定のとおりである。そして、各交付の書類についてみても、本件仮登記担保権設定に関する重要な書類である担保差入書、根抵当権設定契約書、委任状は、前記三認定のとおり葛西または第三者によってそれぞれその主要部分が偽造されたものであり、被控訴人が石井に対し、本件土地の登記済証を交付していないこと前記三認定のとおりで、時価の鑑定書を交付したことを認められる証拠はない。これらの事情を総合すると、石井が被控訴人名義の前記認定の書類を所持していたとしても、これをもって被控訴人が本件仮登記担保権の設定につき石井に代理権を授与した旨表示をしたものとすることはできない。

したがって、控訴人の一〇九条の表見代理に関する主張は、その他の点について判断するまでもなく失当に帰する。

2.一一〇条の表見代理

被控訴人が石井個人に対し何らの代理権をも授与していなかったことは前記のとおりであり、塩原の土地売却の斡旋は文字どおり斡旋であって、買主候補者があらわれたときは被控訴人自らがこれと契約すべきものであったことは前顕証人島田ミヨの証言及び被控訴人本人尋問の結果から明らかであるから法律行為を委任していたものということはできず、この意味ではすでにこの点の控訴人主張は失当に帰する。のみならず、石井が被控訴人の代理人と称した際に控訴人に示した書類は、前記の担保差入書、根抵当権設定契約書、委任状、印鑑証明書であることは前記のとおりで、当審における証人石井初雄の証言、控訴人本人尋問の結果によると、そのさい石井は控訴人に対し、被控訴人は従前から陽光地所の資金を援助している後援者で本件仮登記担保権の設定についてもこれを承諾している旨述べ、控訴人は陽光地所が本件仮登記担保権を設定するにつき被控訴人を代理する権限があると信じたというのであるが、本件仮登記担保権がその契約どおり約定されたとみるべき理由として、控訴人が被控訴人の債務の履行を引受けて羽村農協に金六〇〇万円を弁済することの代償であることと、被控訴人が陽光地所の資金的援助者である場合が考えられるところ、前者の、履行引受の代償の点では、陽光地所のために負担することになる物上保証額が右債務額をはるかに越えた金二、八三〇万円の多額であり、対価としては権衡を失するものであり、後者の、被控訴人が陽光地所の資金的援助者であるかについてみるのに、これを認められる証拠はないばかりでなく、当審における証人島田ミヨの証言、被控訴人本人尋問の結果を総合すると、被控訴人が陽光地所に対して資金の援助をしたことはないしその事業経営にも無関係であることが認められるから、この点でもまた根拠を欠くことになる。そして、控訴人が被控訴人に逢って直接右事実及び本件仮登記担保権設定の意思を調査し確認することは容易な状態であったことは、控訴人も自認している。

このように、自己の負担すべき債務のほか、それよりははるかに多額の第三者の債務をも含めて被担保債権とする仮登記担保権を設定するのは、何らか特段の事情が存在する場合に限られるから、代理人と自称する当該第三者が、外見上整った形式の契約に必要な本人の関係書類を所持する場合でも、なお、契約の相手方は、本人と当該第三者間の特段の事情及び本人の契約締結の意思の各存在を調査確認した上で、その代理人と自称する第三者との間でその契約をすべき注意義務があるものと解するのが相当であるから、それを怠り漫然と代理人と自称する者にその代理権があるものと信じた場合は、そのように信ずるにつき正当な事由が存在するものということはできない。しかも石井の持参した被控訴人名義の担保差入承諾書(乙第二号証、それが偽造であることは前記のとおり)には根抵当権の設定を承諾する旨が記載されてあるのにその登記に必要な権利証がなく、承諾書に記載のない仮登記担保権を設定しているものであり、根抵当権設定契約書(乙第四号証)はそもそも朝銀栃木信用組合を債権者としてこれに差入れる形式のものである等の点において、控訴人に正当事由の存しないことはいよいよ明らかである。

したがって、この点に関する控訴人主張は失当である。

五、結論

以上のとおりであるから、本件仮登記担保権の設定契約及びその仮登記は、無効であることが明らかで、控訴人は被控訴人に対し、登記と実体権との齟齬に基づき、本件土地についてした本件仮登記の抹消登記手続をする義務を負うものというべく、これを求める被控訴人の本訴請求は理由があり、これと同旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 高木積夫 裁判官田嶋重徳は退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 浅沼武)

<以下省略>

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